This diary is from a researcher in the U.S.

by diamondquality

研究することの幸せ

朝日新聞WEB版に、小説家が、小説家の悩み相談を受けるというコーナーがありました。
http://book.asahi.com/special/kazukonoheya.html

そのなかで角田光代氏は、小説を書かない幸せについて考察されています。
小説書きを仕事にできたことは私にとって幸福なことですが、けれど一方で、何か書くなんて思いつかないことは、それをはるかにうわまわる幸福なのではないかと思うのです。

 もしストレスがオールフリーになったら私は小説を書けるのかな、と以前からときどき考えていました。ストレスが小説を書かせると思っているわけではなく、言い換えれば、書かないですむくらいの幸福を手にしたら小説は書けなくなるのだろうかと考えるのです。


私も、よく、今の職業に関する幸福感について考えます。私は、この研究者という職業を24歳で意思決定しまして(遅いなあ、オリンピック選手で2歳半で決めた人もいるのにね。)、これまで続けてまいりましたが、研究を生業としないことは私には今や考えられないです。もう1度生まれ変わっても研究者になりたいと思っているので、正直、研究をしない幸せについて私は思いを馳せられないのです(It seems to be self-centered...)。みんなも、研究をやりましょうよという流れになってしまいます。今までにない仮説をあれやこれやと立てて、それを自分なりのモデルで検証し、結果を出していく。誰もやっていないことをやるわくわく感、どういう結果がでるかという期待感など、これは何事にも換えられない捨てがたいものなんです。

米国では、(うーん、また出羽の神になっているなあ。「米国では。。。。」というせりふをはかないように注意しているのですが。。。こういう人のことを○○出羽の神というそうです。)科学を小さいころから身近なものにするために、小学校低学年からサイエンスフェアを開催し、科学研究を奨励しています。たとえば、M&Mの袋に入っている色の確率を調査させ、ボードに仮説、実験、結果、結論を書かせます。そして入賞者を学校ごとに発表し、そこで入賞すると、地区大会で発表することになります。小学生だって、仮説をたてて実験するのです。早くから科学研究へ親しませる。こうすることで科学が身近になり、科学者になりたいと思う子ども達もでてくる。ー米国の科学研究の底力は、こうした地元の地道の努力と科学にたいする政府や社会の理解・支援があるからでしょうね。こうした試みは日本もやってほしいなあ。

話がそれてしまいましたが、研究者を続けてこられた私は、幸福だと思っています。(別の視点からすると幸運だもといえるでしょう。)研究することができる環境を与えて、そして支援してくださっているみなさまに心から感謝申し上げます。
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by diamondquality | 2011-01-22 11:37 | Accounting Research | Trackback | Comments(0)
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