Reconsidering the college admission system in Japan

京都大学入学試験における不正について
 監督を強化する、携帯持込不可などの防止策がでていますが、局地療法にすぎませんので、「一発勝負で高得点を取得」が合否に関係という入試システムを維持する限り、いたちごっこでしょう。今回をきっかけに私は日本における入試システムそのものを再考する時期にきたのではないかと思います。

1.大学での勉強についていくだけの学力を測定するためには、米国のSATのように何回も挑戦できる試験にする。その際のセキュリティチェックは米国も厳しいです。ひとりずつ写真撮影もありますし、宣誓もあります。また、持ち物は鉛筆消しゴム以外、携帯などはすべてロッカーにいれなければなりません。何回も挑戦させ、その平均にすれば、運よく高得点をとってしまって入学したという人を避けることができます。

2.暗記型の知識詰め込みが得意な人ばかりが高得点をとって入学していくことから、学校の平常点、スポーツや音楽での活躍、その他の学校の代表として活躍など総合的な能力を長期的に判断していく。こうすれば、本人もまわりもそして大学側も実力は測定でき隠しようがないのです。

3.大学の先生は、研究・教育に特化していただく。入学選考はその専門の職員にまかせる。

この3つに変革すれば、受験生側、大学側、双方にとっても健全で便益が多いと思います。(飛躍しすぎかもしれませんが、)ひいては科学の発展、国際競争力の向上につながっていくと私は信じてやみません。それは、学力、運動能力、リーダーシップなど総合力をもつ学生が選考され、大学においても大学院進学に向けてまた同様な競争をさせることによって、長期的に日本の科学を先導してゆける人材を育成できますし、教員側は本来の業務を集中して推進できることになり、総合的に科学の発展に寄与することになると私は信じています。
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by diamondquality | 2011-03-01 12:57 | Accounting Education | Trackback | Comments(0)