Defenceの意義

私が学位を取りたかったのは研究者としてのパスポートであるという欧米の学位の考え方に依拠していたからである。そして、私はこのライセンスがあるからこそ学術の世界で研究できていると考える。
公聴会(Defence)-私は自分が公聴会を受ける前は、いろいろ公聴会の内容、雰囲気などの情報を集めてきてみては、私に防護できるのかどうか不安で不安で仕方なかった。でも、学位論文は完成させてみると、自然とどんな問題でも答えらえるようになっていたから不思議だ。それが当たり前になんでも対応できるようになるとは、受ける前は到底思えなかった。
学位は取得しまえば、今となってみれば、取得したからだからこそ、静かな気持ちなんだけど、とらないと本当に気持ち悪いし(足の裏についたご飯粒と言われているように)学位がとれてよかった。特に以下で示した考え方のように、私も、学術界にいることができるライセンスという意味だけではなく、取得することによって素晴らしい何かが得られたと自負することにしよう。

defence のオリジナルな意味を知りたくてググってみたら、

以下の雑誌記事を発見したので、訳しておくことにしよう。

米国では博士課程の学生がすべて教授になってきたわけではないが、公聴会は、それまで何年も作業し、所属していた学術的世界のフルメンバーシップを与えてくれる。彼らは特別なものを獲得して直接それを受けるのに値するのである。

Not all of my Ph.D. students have become professors, but the defense gives them full membership in the intellectual world that they've already worked in—and belonged to—for years. They've earned that distinction, and they deserve to receive it in person. 
http://chronicle.com/article/The-Dissertation-Defense-/135386/





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by diamondquality | 2014-06-17 21:08 | Accounting Research | Trackback | Comments(0)